36 Profile─しらい のぶ 2007年,中央大学大学院文学研究科博 士後期課程心理学専攻修了。博士(心 理学)。ロンドン大学ユニバーシティ カレッジ客員研究員,日本学術振興会 特別研究員SPDなどを経て,2009年よ り現職。専門は知覚発達,認知発達。 著書は『基礎実験心理学法ハンドブッ ク』(分担執筆,朝倉書店)など。 この人をたずねて ■白井先生へのインタビュー ─現在の研究についてお聞かせ ください。 赤ちゃんの知覚発達,特に動い ている視覚刺激に対して赤ちゃん がどう反応するのか,という運動 視の研究をしてきました。10年ほ ど前に新潟大学に就職して発達 の研究室を立ち上げてからは,赤 ちゃんの他に,幼児や小学生くら いのお子さんの知覚・認知発達の 研究もしています。最近ではAR (Augmented Reality,拡 張 現 実 ) を使った発達研究もしています。 ずいぶん変わったことをやり始め たね,と言われることもあるので すが,自分のなかでは一貫してい るつもりです。ある意味,運動視 やそれと関連した空間知覚の研究 の延長で,現実の空間に人工情報 が混ざった時に,子どもがそれを どう認識し,行動するのかを知り たいと思い,ARの研究を始めまし た。まあ,自分がゲームが好きだ から,というのもありますが(笑)。 ─ご自身の研究テーマに至った きっかけを教えてください。 中央大学の山口真美先生が知覚 発達研究室を立ち上げるタイミン グに,学生として立ち会った,と いうのが大きなきっかけです。ま た,どのような情報処理の結果, 私たちが今見たり感じたりしてい る世界があるのか,そうした仕組 みがどのようにしてできるのか, というのが気になったんですね。 そういう経緯で知覚発達に興味を 持ちました。運動視については, 同じ刺激に対して解釈次第では, 環境の動きにも自分の動きにもな りますし,動物全般にとって基本 的で重要な知覚というのもあっ て,いろいろ考える切り口として 良いのではないかと思って始めま した。その後,就職した頃,当時 の赤ちゃん研究者は,「こんなに 小さい子でも○○ができる!」と いう華々しい報告を競っているよ うなところがあったと思うのです が,その一方で,幼児期以降の知 覚発達はあまり顧みられていない ように思ったんですね。実際,幼 児期以降に知覚がどう成熟してい くのかを定量的に調べた研究はか なり少ないんです。でも,運動視 一つ取ってみても,高校生くらい までいろいろ変わるんですよ。な ので,知覚のような基礎的な能力 がどう成熟していくのかを調べる のも大事なのではと思い,現在は 幼児や小学生を対象にした研究も 行っています。 ─今までで一番思い入れのある ご研究は何ですか。 身体運動発達と視覚発達の関連 を調べた研究ですかね。ハイハ イの発達に先立って拡大・縮小 のオプティックフロー(身体が前 後に動いたときに視野に生じる 視覚的な動きのパターン)への選 好が変わるということを見つけま した。伝統的な発達心理学の考え 方は,身体を動かす能力が先行し て,その後,視覚が変化していく という感じだと思うのですが,そ の逆の発達パターンもあるという 研究です。もともと修士の頃から 拡大・縮小フローの研究をしてい たのですが,1,2 ヵ月児でも拡大 フローに対して回避的な動作をす るという古典的な研究がたくさん あって,業界的には「今さらオプ ティックフローの発達研究?」と いう雰囲気があったんです。で もしつこく実験をやっていくと, どうやっても生後3 ヵ月頃にオプ ティックフローに対する知覚が大 きく変わって,その後発達が停滞 する時期があることがわかりまし た。それがどうしても不思議で, 就職してから縦断研究で発達を調 べ直したところ,ハイハイができ るようになる1 ヵ月前から,前進 と関連の深い拡大のフローに対す る選好は変わらないのに,後退と 関連する縮小のフローに対する選 好が下がるという,予想と完全に 違う結果がでました。ハイハイで きるかできないかの赤ちゃんは, もぞもぞっと動いて後ろに行って しまうことがあります。後ろに下 がると縮小のフローが起こるはず 新潟大学人文学部 准教授
白井 述
氏
インタビュー
川口ゆり
37 この人をたずねて ですが,そこで縮小のフローに対 する視覚選好を相対的に下げるよ うな動機づけ・メカニズムがあれ ば,縮小のフローが起こったとき に直前の身体運動が強化されな い。逆に拡大に対する選好が相対 的に高く維持されていれば,動い たときに拡大のフローを強化子に して前方向への身体運動が強化さ れやすくなる。こういうことを繰 り返して,ハイハイなどの移動行 動の発達が促進されるのかもしれ ません。これは,面白い結果だと 思いましたし,自分が10年越しで 調べてきたことの一つの到達点と いうか,マイルストーンとなるよ うな研究でした。 ─研究するうえで気をつけてい ることは何ですか。 研究がなんとなくルーチーンに なってきたらワークライフバラン スを見直すようにしています。研 究を「しなければいけないこと」 と思わないように,自分の生活を プロデュースすることは,研究者 にとって実は大事かもしれないで すね。やれる研究とやりたい研究 が乖離してしまうとおそらく不幸 せだと思うので,その差分が小さ い研究者でありたいです。あとは, 知覚・認知発達のラボは日本にそ れほど多くないので,共同研究は 積極的にやるというのは意図的に しています。研究も一極集中する のではなく,多様性があったほうが 良いと思っているので,発達研究 のすそ野を広げるという意味でも, 自分が地道にでも発達のラボを回 していることに意味はあるのかな, と思いながら研究しています。 ─ 最 後 に,若 手 に 対 す る メ ッ セージをお願いします。 今の若い人たちは優秀なので あまり言うことはないのですが ……。世代とか関係なく,僕たち と対等に接してくれるとありがた いなと思います。その上で,若手 に還元したりアドバイスしたりす る,というのは上の世代の義務み たいなものですし,自分もそうし てもらってきたので,僕たちをう まく利用してもらえればと。あと は,もちろんいろいろなやり方が あっていいとは思いますが,僕は どちらかというと,最先端の華々 しい研究をいろいろやるというよ りは,地味でニッチなところを研 究しているうちに,いろいろな疑 問がわいてきて深堀りするような やり方でやってきました。同じよ うなテーマの研究でも,それぞれ が思いもよらない仕方でつながる 瞬間があって,なにか新しいもの が見つかることもあるように思い ます。そういうやり方も楽しい ですよ,と伝えたいですね。あと は,発達の共同研究に興味があれ ばぜひご一報ください! ■インタビュアーの自己紹介 インタビューを終えて 白井先生とは面識はありました が,ご研究の内容を詳しくお話し いただいたのは初めてだったの で,インタビューという慣れない 場に緊張しつつも,楽しみながら 話を伺うことができました。イン タビュー中は,一言一言,言葉を 選びながら真摯に向き合ってくだ さるのが印象的でした。決して威 圧的に主張するのではないその口 調に,丁寧に研究を進めておられ る研究者としてのお人柄が表れて いると感じました。なかでも,研 究当初はあまり顧みられていな かった幼児期の身体運動発達と視 覚発達の関連を長年調べた結果, 予測と真逆の結果が得られたとい うお話に刺激を受け,そういう研 究が自分もできればと思いまし た。また,誌面の都合上,ARのご 研究については詳しく書けません でしたが,非常に興味深いもので した。このような機会を頂いたこ とに心よりお礼申し上げます。 現在の研究テーマ 学部生のころからヒト以外の霊 長類を対象に乳児の視覚特徴に対 する認知を調べています。今まで ヒトを対象にした多くの先行研 究が,大きな目や小さな鼻や口な ど,ベビースキーマと呼ばれる特 徴は「かわいい」と感じられ,養 育行動を誘因していることを明ら かにしてきました。それではヒト 以外の霊長類種も,そういった特 徴に選好を示すのでしょうか。養 育行動はもちろんヒト以外の霊 長類でも見られるにもかかわら ず,彼らがどのように乳児を認知 しているのかについてはほとんど わかっていませんでした。アイト ラッキングを用いた私たちの研究 では,チンパンジーは乳児に対す る視覚的選好を示すのに対して近 縁種のボノボはそうではないこと を明らかにし,乳児への視覚的選 好にも種差があることを示しまし た。今後,共同保育を行うマーモ セットや母子だけで生活するオラ ンウータン,乳児の体毛がおとな と全く異なるルトンなど,様々な 社会システムや乳児特徴を持つ種 を対象に研究を進めていくこと で,乳児特徴とその認知が霊長類 でどう進化してきたのかを明らか にしたいと考えています。 Profile─かわぐち ゆり 京都大学霊長類研究所博士課程に在学中。日本学 術振興会特別研究員DC1。専門は比較認知科学。 論 文 は「Chimpanzees, but not bonobos, attend more to infant than adult conspecifics」(共著, Animal Behaviour)など。